太平洋戦争中の日本の浮きドック

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あまり知られていない日本が太平洋戦争中に保有していた浮きドックについてまとめてみました。

トラック島 公称第3575号
トラック島にあったとかなかったとか言われる浮きドック。ばっちり写真が残っている。
駆逐艦野分が入渠した記録が残る。
1945年にこの浮きドックを攻撃した記録があり、トラック空襲では沈まなかったようだ。

Truk_floatingdock



シンガポール 旧AFD9及び旧AFD10
よく知られている大型の浮きドックはAFD9(55000t)の方。
AFD10(5000t)は英国がオランダから購入したもの。
どちらも英軍が自沈させたが、後に日本軍の手で浮揚し利用された。

AFD9andAFD10


スラバヤ 第一浮船渠
第108号哨戒艇が入渠した記録が残る。
スラバヤには日本軍の占領前、3つの浮きドックがあり、駆逐艦スチュワートとバンケルトはそれぞれ浮きドックと共に自沈したが、後に日本軍の手で浮揚された。
この際に浮きドックも捕獲されたと考えらえるため、第一浮船渠だけでなく第二、第三浮船渠もあったかもしれない。

1944/5/17_Surabaya



チラチャップ 8000t浮きドック
ジャワ沖海戦で損傷した軽巡マーブルヘッドを修理したオランダの浮きドックと思われる。
昭和18年12月に靜波丸がジャカルタまで曳航した記録が残る。

マニラ 旧デューイ(YFD-1)
マニラで自沈した米軍の浮きドック「デューイ(YFD-1)」を日本軍が浮揚し使用した。

サイゴン 仏印海軍浮船渠
昭和20年2月まで大華丸(37t)が入渠した記録が残る。明号作戦の結果、日本軍が捕獲したかもしれない。

神戸 第一~第三浮船渠
三菱神戸保有の浮きドック。そのうち1つは青島で捕獲したドイツの浮きドック。

函館 浮船渠(浮揚力2500トン)
函館船渠保有の浮きドック。後に小樽に移動。

大湊 公称第1061号
終戦時残存。


こうして見ると日本は意外に浮きドックを保有していたように思えるが、その多くは捕獲した浮きドックである。



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